高校来の付き合いであるプログラマー@yasu_ninety9と、@tango_botなるものを日曜大工的に開発しました。「言葉は躍る。」というコンセプトのもと、約9万語のデータベースの中からランダムに抽出した単語をひたすら表示していくアプリケーションです。彼のブログにも詳しいですが、簡単に概要を説明します。

思考に行き詰った時、何か考えもしないようなひらめきが欲しい時、地球の裏側からやってきたような言葉のカケラ達があなたの創造力をかき立てます。“ これが僕らの想いの原点です。

現在、主な機能は2つ。

1. 定期的(60分ごと)にランダムなことばの群れをつぶやく。

“件 中高生 微意 御礼 抜け替わる 豊州 口過ぎ 明かり窓 底魚 一事不再理 モダンさ 白砂青松 発令”


2. “@tango_bot キーワード”のtweetに反応し、そのユーザーにキーワードを含めたことばをReply

“@tango_bot コーヒー”とつぶやくと、

“@username 煮炊きコーヒー peachコーヒー 薄めるコーヒー 中秋コーヒー 放射線コーヒー 露岩コーヒー”


のように返ってきます。

あるいは、キーワードの出し方を工夫して、”@tango_bot ですが何か?”とつぶやけば、

“@username ちょびちょびですが何か? 群居ですが何か? 水揚げですが何か? 牛乳瓶ですが何か?”


のような謎めいたReplyを返してくれます。

[2010/08/28 追記 ここから]
ワイルドカード「*」(アスタリスク)も使用可能になりました。

“@tango_bot 枯れた*の水平思考”

のように、ランダムな単語の出現位置を指定することができます。

[2010/08/28 追記 ここまで]

以上がtango_botの概要です。

ごらんの通り、すぐに斬新なヒラメキに結びつくというよりは、シュールなことばの大洪水に一喜一憂することがほとんどだと思います。アイディア創出のための即効的なソリューション(笑)、とは全く対極に位置するものなのでその点はご容赦下さい…。時には「ことばのおみくじ」のような感覚で気軽に、時にはセレンディピティを研ぎ澄ませてあなたの想像力と創造力を刺激するきっかけになれば、僕らも報われます。

ちょうど先日、博報堂のこどもごころ研究所が切り口BOYなるiPhoneアプリを開発しました。機能感は似ているのに、UIの差でこうも変わるかーと悔しい思いをしたため、これからも品質改良を続けていきたいと思います。ご意見おまちしております。

tango! bot: http://twitter.com/tango_bot

開発:@yasu_ninety9
企画構想:@Migihiza

ANAの機体見学に連れられて行ってきました。文句のない機体美には逆光がよく似合う。羽田は10月に第四滑走路が完成するようで(橋の上の滑走路!)、ますますの国際化に盛り上がりそうですね。

漫画ならではの言語表現。おもしろいなあ。

(iPhone 4からの投稿テスト。快適や!)

-小山宙哉 『宇宙兄弟』 講談社 49話より

5月9日に青山ブックセンターで行われたトークショーに行ってきました。中村拓志さん(建築家)の新刊を記念して、岸勇希さん(電通)と「コミュニケーションデザイン」について語らうという興味深いテーマ。とても面白かった。走り書きで恐縮ですが、以下記憶に留ったことのメモです。

・建築と広告の類似性について
-建築は広告に近いものがある
例1. 寺社仏閣、教会は「神様の広告」
例2. ル・コルビジュエが示したようなキャッチコピー的建築観 ex.「装飾は罪悪」

中村さん「人と建築の関係性のデザインを考えている。『恋する建築』:建築にもっと愛着をもってもらいたい」

岸さん「コミュニケーションをデザインする」あえて厳密に定義しない。定義することでフレームにしたくない。

事例紹介. JUJUのペアムービー
-ケータイは人格をもったディスプレイ、1つの分身
-2つのケータイをBluetoothで自動同期させて再生する方法も考えたけど、あえてしなかった。「いっせーのせ!」で恋人同士同時に再生しようと試みる、ヨコのコミュニケーションに期待をこめた。
-ケータイのディスプレイで「ゴメン。明日はムリ。<空白、1画面分下にスクロールさせる>っていうか、今スグ会いたい。」これをやりたかった、らしい。(会場笑う)
-さらに、「恋人同士仲良くムービー観てる間に、違う女の子からメール受信したら終わるよね(笑)」とも。こうしたコミュニケーションの広がりも念頭に入れた。
-Analog on the digital technology

・中村さんは今回の著書では「微視的」ということにこだわったが、理論的、俯瞰的[マクロ]→人間工学など→身体性、微視的[ミクロ]なexecutionに落とし込んでいく、という設計のプロセスは共通しているのでは(岸さん)
・「デザインとは橋の形を考えることではなく、向こう岸への渡り方を考えることだ」という引用を持ち出して、「渡り方だけしか考えていない人とも仕事したくないけれど。」(岸さん)
・建築家はマテリアルに着目し、広告屋はメディアに着目する。
・建築界では、「キモチのデザイン」のようなものはタブー視されていた。建築はもっと物質的で形式的な世界。

人間の小さな行為に着目することが大事。
-盆踊りの例。どんな国の、民族の人でも、そうした祭事においては「櫓を中心に回り、そこ(中心)への親密性が生まれる」
→美容院の設計事例「Lotus Beauty Salon」:客を中心として、美容師に必要な最小半径を導きだし、そのサイズの1人用ブースを複数作った
-参加型の建築→「地層の家

-「Dancing Tree, Singing Birds」:一本の木を尊重し、それを取り囲むような建築の設計。枝の測量や、風による葉の揺れ具合まで勘定にいれた。足場もうまく組めないため、職人は初め難色を示したが、春になり木々が豊かな緑を蓄えたり花を付けたりしたこともあってか、彼らの意識が次第に変わってきた。最後は職人自身が「木を切らずに何とかやってみせる」と木への尊敬の念が芽生えていった。「これこそこの建築が生んだ価値だと思う」と岸さん(「この建築それ自体よりも!」と強調していたのが印象的でした)。余談ですが、巣箱の穴の大きさでやってくる鳥が変わる、とのこと。(あまりうまくいかなかったらしい。笑)

また、この建築の後、建築家が測量士に枝を測量させるというプチブームが起こったらしい。(これもある種、人と建築との関わり方に影響を与えている。)

・広告はプッシュからプルになったが、建築は元来、「人を招き入れるためのものであり非常に『プル的』」

余白のデザイン:あえて命名化された機能を排し、その使い方を使用者に(一部)任せる。
PhoneBookでいうと、ページをめくったときにiPhoneの画面も連動して切り替えられる技術はあったが、それをしなかった。べつに電車の窓から深海や宇宙が見えても良くて、そういう想像力を技術が奪ってしまうのは良くない(と僕は解釈)。

・建築にしろ広告にしろ、「近接性と滞在性」がキモ。広告の場合は形のないものに対してだけれど。

・優れたコミュニケーションデザイン例1:Squid Soap
このハンドソープを押すと、手にスタンプがついてしまう。子供はそのインクを落とすために20秒間手をこすり続けなければならない。ところが、そのインクがキレイに落ちるまでにかかる時間が計算されていて、その時間は「手から雑菌が十分落ちる時間」に等しい。
・優れたコミュニケーションデザイン例2:iPod
第二世代までのiPodは背面に鏡面加工が施されていた。これはわざと汚れやすくするための設計で、ユーザーは頻繁によごれた背面を磨かなければならない。こうして拭き続けることで、<このiPodが自分のモノである>という愛着をもたせようという意図があった。
・優れたコミュニケーションデザイン例3:a blind call
「ポケットにケータイを入れている間にうっかり電話がかかってしまうことがある。そしてそれは電話帳の一番上にいる人である」という点に着目し、「あなたのケータイの電話帳にa blind callを登録しておいてください。すると、うっかり電話の際に、目の不自由な方に寄付されます。」という社会貢献をかねたキャンペーン。(英語圏なのでa blind callは電話帳の一番上にくる)

→そうした行為を誘発させる設計こそがコミュニケーションデザイン!!

・建築は「環境型権力」、建築の構造が人の動き方、暮らし方を規定する。

・ユニバーサルデザインなんてものは1ミリも作りたくない。ユニバーサルデザインとは、平均点を取りにいく技術。その追求から120点は生まれない。10万人にとりあえずリーチするサービスよりも、1人を死ぬほど笑わせるほうが意義がある。そういう意味で、顔のわかる1人を喜ばせる「個人宅の設計ができる」建築家はうらやましい。(岸さん)

…という濃密な1時間半を堪能したのでありました。前から強く影響を受けていたとはいえ改めて話を伺うと、岸さんの鋭い切り口と日頃の妄想力、徹底的にインサイトを洞察する力、並大抵の努力ではないのだな、と痛感しました。今回で言えば「建築」という他分野に通じるアナロジーを多く感じ取れたのも収穫でした。「コミュニケーション」につよく関われる仕事はむかしは広告一択だったのかもしれませんが、他のフィールドでもコミュニケーションを論じられるようになってきたというか、コミュニケーションが求められる時代になってきたというか、とにかくわくわくする時代の到来に感謝です。まだまだひよっ子の学生ですが、前に進みたくなるチカラを与えてくれた、そんな可能性を感じた素晴らしいセッションでした。(AM8時追記)

 コンセントに施錠してゲームのやり過ぎ防止!こんな使い道があったとは…子供時代に親にやられていたら涙目でした。似たようなはたらきをするものに「Wiiのプレイ時間表示」がありますが、それとは比べものにならないほどのダイレクトな強制力ですね。この発想はありませんでした。

オナラぷーぷー族に呼び方を改めれば、あまりのだささに暴走族は減るんじゃないか、といった主張を耳にしたことがある(みうらじゅんだったかな)。この青空駐車っていうネーミングも爽やかすぎて罪悪感がまったくわいてこないよなーと思いました。

 先週末は『TUGBOAT 10 Years』を読んだり、『使ってもらえる広告 「見てもらえない時代」の効くコミュニケーション 』を(今更)読んだりして広告のことに思いをめぐらせることが多かった。前者は、電通を10年前に飛び出した気鋭の広告4人集団「TUGBOAT」による1999-2009年の広告集大成航海記録。「結局10年では何も変えることが出来なかった」といった趣旨の前書きに泣きそうになりながら、数々の名作(LIFECARDのCMなど)を思いだし胸を熱くしていました。後者は広告関連の新書。「広告はラブレターとかいうけど、みんな一方的なラブレターばかり送りつけられて困ってるし、それよりは使えるものをあげたほうが良くない?」という主張で、かつて「ビール会社の刻印が入った栓抜きとかコップ」だったものがテクノロジーの肩を借りて「mixi年賀状」や「UNICLOCK」に形を変えて現れてきている、という内容の話。「使ってもらうための、ツールやサービスとしての広告」を設計する必要がある。書いてあること、大体その通りだと思いました。
 
 で、話は変わりまして。昨日Ustreamで流れていた「サカナクション」新譜kikUUiki(初回限定盤)“>KikUUikiの試聴会?kikUUiki on Ustream“)では、2500人超のユーザーが同時視聴しTwitterのタイムラインを沸かせておりました。サカナクションについては、一度友人から「アルクアラウンドいいよ(YouTube)」とPV見せられたきりだったのですが、改めて揺れるダンスフロアを見てそれを疑似体験し「おっ、他の曲もいいじゃん!!」と関心のレベルが一気に3つか4つほど飛び級した次第です。おそらくモニター越しに、多くの視聴者が部屋を暗くし、あるいは酒でもやりながら、体を動かしている様を想像して新時代のLIVEの楽しみ方を思わされました。
 
 当然、この中継は新譜アルバムの告知という役割を果たしていて、やはり気になるのがその広告効果。少なくとも認知レベルでの伝播速度はなかなかのものだと思いますが、果たして行動にはどこまで結びつくのか。そこでちょっと感じたことがあります。「Searchって、要らなくね?」……よく言われるAISASモデルに従えば、認知・関心(Attention -> Interest)という段階を経て、購入行動(Action)の前に検索(Search)という行動が挟み込まれます。しかし、あの場(擬似的でヴァーチャルなLIVE空間)においては状況が少し違うな、と思いました。既に商品であるコンテンツ(音源)を丸ごと体験していたからです。それに加え、実際のタイムラインはほぼ100%が肯定的なTweetにあふれていて、信頼性も十分でした。視聴者層はある程度「ファン」に偏っていたのかもしれませんが、僕や僕の友人のように「ほぼ初見」であったユーザーも多く見かけました。そんな素晴らしい環境のなか、「もし、あの場で、あの昂ぶったテンションを維持したまま即座に注文できるなら」僕は、「Searchなんて段階をすっ飛ばして」、サカナクションの新譜を間違いなく買っていました。ただ、その後お風呂に入ったりお茶を飲んだりしている間に気持ちが冷静になってしまいました。流石に「落とす」とは言いませんが、「借りればいいか」くらいのテンションに落ち着いてしまったのが本当のところです。しかし、確かに感じた新しい購買モデルの息吹。Shareが先だってActionに繋がるというパターンの仕組み作りをうまくやることがキモになってくるのかな。それを担保するのが昨日のUstream配信と、それに乗っかったコメント群を眺めている瞬間でした。昨日のはもうあと一歩だったけれど。口コミで人が動くキモチもこっちに近いのかなあと感じます。
 
 広告と商品、広告とサービス、広告と情報、広告と広報、それぞれの境界線がどんどんあいまいになっていくな、と感じていたことが『使ってもらえる広告』でしっかり言語化されて「深夜のUstream LIVE」で早速それを実感してしまったので急いでメモ。本当のところは、表題でもある「サカナテンション(認知〜関心)止まりなのか、サカナクション(購買)まで結びつくのかどうかってところだよね。」という深夜の他愛もないつぶやきが自分的にヒットしたので、もう一度使いたかっただけです。

最近ぜんぜん更新していなくて最悪です。「書く」行為よりも「つぶやく」行為のほうが気楽で、ついつい甘えてしまいます。遅延しまくっている「サンフランシスコ視察の記録」は週末にまとめられそうなので、場つなぎとして、取り組んだクリエイティブ系のESで自分なりに気合入れて書いたものを晒してみます。「書く」集中力が、最近はもっぱらエントリーシートに注がれてしまっているので、やむを得ず…。ただ、ESごときを書いていても、書くこと・表現すること自体を楽しめる自分を改めて見つけることもできて、要は、大変だけれど楽しいです、っていう生存報告がしたいのです!!!

某トイレタリー会社(コピーライター職)、お題「朝の音」(400字)

 東京郊外の実家にいた頃は、朝は幸福な不協和音に満ちていた。新聞配達のバイクの音、朝の五時。人生で最も幸せな瞬間をかみ締め二度寝を決め込む。暫くして、裏庭に毎朝訪れる雀やヒヨドリ。それはカーテンのレースから漏れ入る陽光と相まって爽やかで軽快な調べだ。続いて愛犬ハルの朝の咆哮。もうお婆ちゃんだけれど、よしよし今日も一所懸命生きているな。キッチンでは母親が朝食の支度。食器とスプーンの触れ合う音は、お寝坊な私を食卓へと駆り立てる行進曲だ。
 ――都心でルームシェアを始めて半年。朝の音が無くなった。周りをコンクリで囲まれた集合住宅の三階の部屋にはどうやら朝の音は届かないようだ。ただ今時間は正午前、じきに私よりお寝坊な同居人が起きてくる。私は「おはよう」と声を投げる。気だるそうな「おはよう」が返ってくる。「飯でも食いに行くか」「おう、そうするか」……会話という「音」に期待を込めて。なるほどこっちの生活も悪くない。

これ、間違えて最初800字で書いてしまって、それを泣く泣く削る作業が大変でした。↓元はこんな感じ。

都心でルームシェアを始めて半年。朝から、音が無くなったな、と思う。周りをコンクリートで囲まれたマンションの三階の北向きの部屋には、どうやら朝の音は届かないようだ。仕方なく目覚まし代わりに使用している着メロのペールギュント「朝」が、私にとっての辛うじての朝の音、なけなしの朝の音である。これすらも本当は変えたいのだが、それをすると私の生活から「朝」が本当に消えていなくなってしまうようで、どうも気が進まない。

 東京郊外の実家に暮らしていた頃は、朝は一日の活力が詰まった幸福な不協和音に満ちていた。新聞配達のバイクのエンジン音とポストに入れられる新聞紙の音。眠りが浅い日は、それで一度目が覚める。が、ケータイに目を見やると時間はまだ五時。よしまだ大丈夫、と人生で最も幸せな瞬間を噛み締めながら二度寝を決め込む。しばらくして、裏庭に毎朝訪れるスズメやヒヨドリの囁きがやさしく私を呼び起こす。それはまるでカーテンのレースから漏れ入る陽光のサイドディッシュみたいに爽やかで、風のように軽快な調べだ。続いて愛犬「ハル」の朝の咆哮。「我も我も」と言わんばかりのそれは、精一杯生を謳歌するかのように力強い。もうお婆ちゃんだけれど、よしよし、今日も一所懸命生きているな。それからキッチンでは母親が朝食の支度をする音がする。食器とスプーンの触れ合う音は、お寝坊な私を食卓へと駆り立てる行進曲だ。色とりどりに溢れた朝の音を存分に浴びて、私の一日が始まる。

――残念ながら、ここ東京のど真ん中で、朝の音を実感する機会は少ない。ただ今、時間は正午の少し前、もう少しすると私よりもお寝坊な同居人が起きてくるだろう。そして私は「おはよう」と声を投げる。若干気だるそうな「おはよう」が返ってくる。「メシでも食いに行くか。」「おう、そうするか。」……会話という「音」に期待を込めて。なるほどこっちの生活も、捨てたものじゃない。

でも、着メロがペールギュント「朝」なんてどう考えてもウソ八百なので(フィクション・ノンフィクションは指定されていないから別にいいんだけど)、むしろ前者のほうが本音が研ぎ澄まされて良くなった感も?全体的に表現に甘ったるさがあるのは作風です。わざとです。オンパーパスです。
 つーわけで、みぎひざの就職活動は、もうちょっとだけ続くんじゃよ!

iPhoneの充電を1回分だけたくわえておけるステキアイテム買いました。「リンケージ Infinity リチウムポリマー内臓 AC充電器」というシロモノ。移動中、iPhoneで音楽もばりばり聴く人なので電池の持ちの悪さだけが気がかりだったのだけど、これでもう安心。AC電源+USBの差込口という便利な構造なので、iPhoneのあの立方体のコンセント(下記)をかなぐり捨ててこっちを持てば要はしあわせになれます(ただし、再充電しない限りあくまでも1回にかぎります!)。軽いのも◎。iPhone3G,3GSはもちろんのこと、DSにもPSPにも使えるみたいですね。2010年、安心を買いました。

リンケージ Infinity リチウムポリマー内臓 AC充電器 大容量2000mAh 海外対応 USB接続タイプ 携帯電話、iPod、iPhone、mp3プレーヤー、DSi、DSLite、PSPなどに ブラック ACLD-04B

メーカー:リンケージ
参考価格:¥3,980
価格:¥3,350
OFF : ¥630 (16%)

純正だとこの部分だけで定価3,000円もするんですね・・wwボッタクリ!

Apple Apple USB 電源アダプタ MB352J/B

メーカー:アップル
参考価格:¥3,400
価格:¥2,450
OFF : ¥950 (28%)

面白法人カヤックから新サービスがリリース。その名も「ねみんぐす(http://namings.jp/)」。分かりやすい名前がない現象や事柄に、名前をつけてよびやすくする、という趣旨のサイトです。
去年末にいくつか頭をひねり、「写真を撮られると魂がぬける気がして怖くなる現象」に対して、「写るんdeath」という回答をしてみたところ、殿堂入りできました!ほかの回答は鳴かず飛ばずですが。笑
「食べ物の賞味期限がきれると、極限まで放置したらどうなるかためしたくなる現象」=「
Kitchen Race」あたりは結構自信あったのに・・。
傾向としては既存のことばの一部を変えて(音はそのままで、表記を変えることで)、新たに意味を付与する「掛けことば」でうまいことを言うと上位にきやすい印象を受けます。mixiのIDがあれば投稿できるので、頭の体操に皆さんも考えてみてはいかが。

Get Adobe Flash playerPlugin by wpburn.com wordpress themes