5月9日に青山ブックセンターで行われたトークショーに行ってきました。中村拓志さん(建築家)の新刊を記念して、岸勇希さん(電通)と「コミュニケーションデザイン」について語らうという興味深いテーマ。とても面白かった。走り書きで恐縮ですが、以下記憶に留ったことのメモです。
・建築と広告の類似性について
-建築は広告に近いものがある
例1. 寺社仏閣、教会は「神様の広告」
例2. ル・コルビジュエが示したようなキャッチコピー的建築観 ex.「装飾は罪悪」
中村さん「人と建築の関係性のデザインを考えている。『恋する建築』:建築にもっと愛着をもってもらいたい」
岸さん「コミュニケーションをデザインする」あえて厳密に定義しない。定義することでフレームにしたくない。
事例紹介. JUJUのペアムービー
-ケータイは人格をもったディスプレイ、1つの分身。
-2つのケータイをBluetoothで自動同期させて再生する方法も考えたけど、あえてしなかった。「いっせーのせ!」で恋人同士同時に再生しようと試みる、ヨコのコミュニケーションに期待をこめた。
-ケータイのディスプレイで「ゴメン。明日はムリ。<空白、1画面分下にスクロールさせる>っていうか、今スグ会いたい。」これをやりたかった、らしい。(会場笑う)
-さらに、「恋人同士仲良くムービー観てる間に、違う女の子からメール受信したら終わるよね(笑)」とも。こうしたコミュニケーションの広がりも念頭に入れた。
-Analog on the digital technology
・中村さんは今回の著書では「微視的」ということにこだわったが、理論的、俯瞰的[マクロ]→人間工学など→身体性、微視的[ミクロ]なexecutionに落とし込んでいく、という設計のプロセスは共通しているのでは(岸さん)
・「デザインとは橋の形を考えることではなく、向こう岸への渡り方を考えることだ」という引用を持ち出して、「渡り方だけしか考えていない人とも仕事したくないけれど。」(岸さん)
・建築家はマテリアルに着目し、広告屋はメディアに着目する。
・建築界では、「キモチのデザイン」のようなものはタブー視されていた。建築はもっと物質的で形式的な世界。
・人間の小さな行為に着目することが大事。
-盆踊りの例。どんな国の、民族の人でも、そうした祭事においては「櫓を中心に回り、そこ(中心)への親密性が生まれる」
→美容院の設計事例「Lotus Beauty Salon」:客を中心として、美容師に必要な最小半径を導きだし、そのサイズの1人用ブースを複数作った
-参加型の建築→「地層の家」
-「Dancing Tree, Singing Birds」:一本の木を尊重し、それを取り囲むような建築の設計。枝の測量や、風による葉の揺れ具合まで勘定にいれた。足場もうまく組めないため、職人は初め難色を示したが、春になり木々が豊かな緑を蓄えたり花を付けたりしたこともあってか、彼らの意識が次第に変わってきた。最後は職人自身が「木を切らずに何とかやってみせる」と木への尊敬の念が芽生えていった。「これこそこの建築が生んだ価値だと思う」と岸さん(「この建築それ自体よりも!」と強調していたのが印象的でした)。余談ですが、巣箱の穴の大きさでやってくる鳥が変わる、とのこと。(あまりうまくいかなかったらしい。笑)
また、この建築の後、建築家が測量士に枝を測量させるというプチブームが起こったらしい。(これもある種、人と建築との関わり方に影響を与えている。)
・広告はプッシュからプルになったが、建築は元来、「人を招き入れるためのものであり非常に『プル的』」
余白のデザイン:あえて命名化された機能を排し、その使い方を使用者に(一部)任せる。
PhoneBookでいうと、ページをめくったときにiPhoneの画面も連動して切り替えられる技術はあったが、それをしなかった。べつに電車の窓から深海や宇宙が見えても良くて、そういう想像力を技術が奪ってしまうのは良くない(と僕は解釈)。
・建築にしろ広告にしろ、「近接性と滞在性」がキモ。広告の場合は形のないものに対してだけれど。
・優れたコミュニケーションデザイン例1:Squid Soap
このハンドソープを押すと、手にスタンプがついてしまう。子供はそのインクを落とすために20秒間手をこすり続けなければならない。ところが、そのインクがキレイに落ちるまでにかかる時間が計算されていて、その時間は「手から雑菌が十分落ちる時間」に等しい。
・優れたコミュニケーションデザイン例2:iPod
第二世代までのiPodは背面に鏡面加工が施されていた。これはわざと汚れやすくするための設計で、ユーザーは頻繁によごれた背面を磨かなければならない。こうして拭き続けることで、<このiPodが自分のモノである>という愛着をもたせようという意図があった。
・優れたコミュニケーションデザイン例3:a blind call
「ポケットにケータイを入れている間にうっかり電話がかかってしまうことがある。そしてそれは電話帳の一番上にいる人である」という点に着目し、「あなたのケータイの電話帳にa blind callを登録しておいてください。すると、うっかり電話の際に、目の不自由な方に寄付されます。」という社会貢献をかねたキャンペーン。(英語圏なのでa blind callは電話帳の一番上にくる)
→そうした行為を誘発させる設計こそがコミュニケーションデザイン!!
・建築は「環境型権力」、建築の構造が人の動き方、暮らし方を規定する。
・ユニバーサルデザインなんてものは1ミリも作りたくない。ユニバーサルデザインとは、平均点を取りにいく技術。その追求から120点は生まれない。10万人にとりあえずリーチするサービスよりも、1人を死ぬほど笑わせるほうが意義がある。そういう意味で、顔のわかる1人を喜ばせる「個人宅の設計ができる」建築家はうらやましい。(岸さん)
…という濃密な1時間半を堪能したのでありました。前から強く影響を受けていたとはいえ改めて話を伺うと、岸さんの鋭い切り口と日頃の妄想力、徹底的にインサイトを洞察する力、並大抵の努力ではないのだな、と痛感しました。今回で言えば「建築」という他分野に通じるアナロジーを多く感じ取れたのも収穫でした。「コミュニケーション」につよく関われる仕事はむかしは広告一択だったのかもしれませんが、他のフィールドでもコミュニケーションを論じられるようになってきたというか、コミュニケーションが求められる時代になってきたというか、とにかくわくわくする時代の到来に感謝です。まだまだひよっ子の学生ですが、前に進みたくなるチカラを与えてくれた、そんな可能性を感じた素晴らしいセッションでした。(AM8時追記)